56.バハカリフォルニア半島
カボサンルカスから再びラパスへ帰った。バスの都合でここに2泊する予定だ。ホテルは前回と同じサンカルロス。1泊1,590ペソ。この町はメキシコ最大の商港都市で海岸沿いにはホテルが立ち並ぶリゾートエリアもあるのだが、季節外れの今は対岸のマサトランからのフェリー利用者が通過するのみ。滞在する者はあまりいないようだ。寂しげな雰囲気だ。
ここからいよいよカリフォルニアへ向かい半島を北上する。バスはラパスを夕方4時に出発し次の町エンセナーダには翌朝10時に到着の予定だ。二つの町には時差があり1時間エンセナーダのほうが遅い。19時間半に及ぶ長旅だ。バスはサボテンが点在する砂漠を抜けたり断崖絶壁の山道を走ったりと変化に富んでいる。乗客は僕を入れて10人ぐらいだったと思う。いよいよメキシコの旅も終わりに近づいてきたと思うと、走るバスの窓から見える何気ない沿道の景色ひとつひとつが貴重で特別なもののように思えてくる。
バスは予定より30分遅れて10時半に目的地に着いた。エンセナーダは美しいビーチがある半島最大の港町でアメリカからの観光客が多く、レストランやレジャー施設が充実している。その分物価も高く、質素なホテルでも一1泊2,500ペソだ。アメリカからの観光客を意識した施設が多いためか、今まで訪れたメキシコの町と比べるとやや物足りなさも感じる。ここには2泊して、港町を歩き回ったり露店でタコスを食べたりとメキシコっぽいことをして過ごした。
2日目の夜、近くのバーへ行って見た。2~30人の観光客で満員の賑わいだ。皆楽しそうに飲んでいる。店には3人組みのバンドがいて顧客のリクエストに応えて歌っていた。なごやかなムードの中、店の客たちは皆すぐに打ち解けた。そのうち誰かが日本の歌を歌おうと言い出した。そんなの無理だろうと思っていると聞き覚えのある曲が流れてきた。「上を向いて歩こう」だ。皆口々に“スキヤキ”、“スキヤキ”と嬉しそうに言っている。そして僕に唄ってくれと言う。僕が歌い始めると全員で大合唱になった。
遠く離れた名前も知らなかった町で名前も知らない人たちと一緒に日本の歌を歌っているなんて、何だか不思議な気分だった。歌っていると、旅の間中持ち続けていた「今自分は日本人が誰もいない遠い町にいるんだ」という孤独感のようなものが消えていき、まるで日本で友達に囲まれているような気持になった。歌には人を元気づける力があるんだな、などと思ったりした。本当に楽しい夜だった。「上を向いて歩こう」は僕にとって特別な歌になった。